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マジで失業5秒前!青森・アラフォーOLの雑食ブログ
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キャプションの「5人目のビートルズ」って表現、どうなんだろ?
そこは違うだろ。と、個人的には突っ込んでおきたい。
 「ザ・ビートルズ」の作品をほぼプロデュースしたことから「5人目のビートルズ」と呼ばれた英音楽プロデューサーのジョージ・マーティンさんが亡くなった。90歳。9日、海外メディアが報じた。(スポニチアネックス)
この記事で一番びっくりしたのは、90歳ってとこ。
ジョン・レノンは40歳で時が止まってしまったことを思えば、感慨ひとしお。
そうは言っても、生まれた時にはすでにビートルズも解散してたんで、ビートルズ関連にさほど思い入れもない。レコードもCDも持ってるけれど。
とりあえず、ジョージ・マーティンってイギリス紳士のイメージ。もう、勝手にそうに違いないと思ってる。よくは知らないけど。
チープ・トリックやアメリカの曲もプロデュースしてたはず。これまた詳しく知らないけど。

そんな私がリアルタイムで体感したジョージ・マーティンの編曲っていえば、これ。



セイ・セイ・セイ」、PVも秀逸。
サウンドはもろに80年代前半。「カーマは気まぐれ」とか、「カモン・アイリーン」みたいなこの当時、確実に売れる曲調。
そりゃそうと、ほんと大きなお世話だがマイケルの顔、この時がいちばん完成度高い。
ここで終わりにしとけば・・・なんてさ。ラトーヤ然り。
あぁ、タイムマシーンがあればこの私めがあんなこともこんなことも、マイケルに忠告してやるっつーのに。
・・・あ。はなしがジョージ・マーティンから完全に逸脱。

さようなら、ジョージ・マーティン。
もうひとりの5人目のビートルズ、ビリー・プレストンも天国で待ってると思うよ。
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米バンド「アース・ウインド&ファイアー(Earth, Wind and Fire)」の創設メンバー、モーリス・ホワイト(Maurice White)さんが3日、米カリフォルニア(California)州ロサンゼルス(Los Angeles)の自宅で死去した。74歳だった。弟のバーダイン(Verdine White)さんと同バンド広報が明らかにした。
モーリスさんは長年にわたり患っていたパーキンソン病により、バンドのツアーには参加していなかった。同バンドのメンバーでもあるバーダインさんは4日、フェイスブック(Facebook)への書き込みで、「私の兄でヒーロー、そして親友のモーリス・ホワイトが昨夜、眠っている間に安らかに亡くなった」と発表した。
 1970年代に「セプテンバー(September)」や「シャイニング・スター(Shining Star)」「アフター・ザ・ラブ・ハズ・ゴーン(After the Love Has Gone)」「ブギー・ワンダーランド(Boogie Wonderland)」などのヒット曲を生み出した同バンドは、ファンクとR&Bをポップにアレンジすることによって人種の垣根を超えた人気を博した。【翻訳編集】 AFPBB News
ショックだ。
体調が良からぬことは知ってても、生きてさえいてくれればと願ってたのだよ。
それだのに、ナタリー・コール、デビッド・ボウイ、グレン・フライ、今度はモーリス・ホワイト。
天国でフェスでもやるっつーのか?神様、勘弁してくださいよ!!



どうよ?このセンス!
EW&Fの曲でいちばん好きな、「セプテンバー」。
モーリス・ホワイトのステージアクションというか、奇妙なクネクネダンスはミック・ジャガーに匹敵するほど強烈な個性だと思う。なんていうか、どっか恰好悪いんだよね。けど、どーしても目が離せないんだな!で、フィリップ・ベイリーと声が重なるとそりゃあもう、鬼に金棒、グルーブってこれなんだ☆って膝叩いちゃうわよ。
悪趣味な金ぴかのコスチュームとか、大げさなリズムセクションとか、この人たちならではの味なんだよね。クール&ザ・ギャングとも、スライ&ザ・ファミリー・ストーンとも違う、なんとも言えない妙な雑味。

さようなら、ありがとう、モーリス・ホワイト。
今週はパワープレイで聴きまくるぞ。
 「ホテル・カリフォルニア」などのヒット曲で知られる米人気バンド「イーグルス」のグレン・フライが1月18日、ニューヨークで亡くなった。67歳だった。バンドの公式ホームページ(HP)で発表された。(スポーツ報知)
ヤフーニュースの見出し見て、違和感。
「イーグルスのフライさん死去」・・・フライさんて!
不謹慎かもしれんが、揚げ物みたい呼ぶのがしっくりこないのよ。耳馴染みないって。
グレン・フライはグレン・フライ。フライさんと呼んでもピンと来ないわ。
死ぬなんてまして思ってもみなかった。若く、ダンディーなイメージだったから。
私、イーグルスのメンバーで一番好きだったんだよなぁ。
曲は、♪New Kid In Townが好き。



イーグルスっていうと「ホテル・カリフォルニア」。ドラムたたいて歌うドン・ヘンリーのしわがれ声のイメージ大だけど、グレン・フライの声がコーラスワークに溶け込むようなこの曲が私の中ではいちばん。
で、ソロ時代の曲だったら、商業ベースにどっぷり感があるけど、印象的なのはこれかなぁ。



懐かしい!!「ビバリー・ヒルズコップ」って映画の主題歌だよ。
サウンドトラック、ダビングしたやつをカセットテープで持ってた(今も家にある)。
久しぶりに全部聴きたくなったよ。
なんか、ここんとこ訃報続きでいやになるね。
ジョー・ウォルシュとか、お元気かしら?

さようなら、グレン・フライ。


それはそうと、ドン・ヘンリーの声明文が泣ける。↓
彼は僕にとって兄弟やほとんど家族のような存在でした。そして家族にはよくあるように、うまく行かないこともありました。しかし、45年にわたり築いてきた絆が切れることはなく、イーグルスが姿を消していた14年の間でさえも存在していたのです。我々2人は、同じ夢を持ってロサンゼルスにやって来ました。音楽業界に爪跡を残すために。そして忍耐と音楽への愛、また他の素晴らしいミュージシャンやマネージャーのアーヴィング・エイゾフと組んだことにより、我々は誰もが夢にも思わなかった程、息の長い活動を続けてこられたのです。しかし、すべてはグレン・フライから始まりました。彼が点火プラグであり、彼にはアイディアがありました。グレン・フライにはポップ・ミュージックに対して百科事典のような知識を持っており、常に勤勉さを失いませんでした。彼は面白く、頑固で、頭の回転が速く、寛大で、才能に溢れた信念の人でした。彼は奥さんと子供たちを何よりも愛していました。今、我々はみな、驚きと、信じられない気持ちと、心の底からの悲しみの中にいます。我々は7月末に、2年に及ぶ『ヒストリー・オブ・ザ・イーグルス』ツアーを華々しく終わらせたばかりなのに、彼はもういません。運命をいうものを信じていると断言はできませんが、1970年にグレン・フライとの出会いは、自分の人生を決定的に変え、そして地球上の大勢の人々の人生に影響を与えることにつながりました。彼のいない世界で生きていくのはとても変な感じがすると思います。でも私はこれから毎日、自分の人生において彼という存在があったことに、感謝の気持ちを持ち続けるでしょう。安らかに眠ってください、兄弟。君は目指していたことを叶え、さらにもっと多くのことを成し遂げたね
あと、ドン・フェルダーのコメントも。
グレンの死が信じられず、ショックの状態にあります。まったく予期していなかったことで、悲しみに満ちた心境にわたしを取り残すことになりました。彼は若く、素晴らしい才能にいまだ溢れていました。とてつもなく才能に溢れたソングライターであり、アレンジャーであり、リーダーであり、シンガーであり、ギタリストでした。皆そう思ってるでしょうし、彼はそれに応えることができ、即座に“マジック”を生み出すことができる人だったのです。彼の楽曲や歌詞へのヴィジョンと洞察は伝説的なものとなっていて、この先何十年もの間、絶えず認められることになるでしょう。
1974年にイーグルスに加入するように誘ってくれたのがグレンでした。彼のすぐそばで長い間、一緒に仕事をして過ごすことができたのは人生の贈り物です。グレンは愉快で、強く、寛容で、優しい人でした。兄弟のように感じていましたし、兄弟のようだからこそ食い違うこともありました。でも、そうした難しい時でも、なんとか僕らはマジカルな楽曲を作ることができましたし、素晴らしい思い出や素晴らしいレコーディングやライヴを生み出すことができたのです。彼のステージでのカリスマ性は世界中のたくさんの人に知られ、愛されてきました。笑いと歌とパーティとハグと兄弟のような絆に満ちた旅を、僕らはかなりの距離やってきたのです。
グレンはバンドのジェームス・ディーンでした。方向性を探している時のリーダーでしたし、バンドで最もクールな男だったのです。僕らの間の問題に一緒に取り組んだり、話したりすることができないと思うと大変悲しくなります。悲しいことに、もうその機会はないのですね。この星は偉大な人を、偉大なミュージシャンを失いました。誰も彼の代わりなんて務められないでしょう。安らかに、グレン。そして、君と遺族に神のご加護がありますように。
私、殊の外グレン・フライの死に衝撃を受けてるらしく、頭の中ずっとグレン・フライの曲でパラレル状態。デビッド・ボウイのおくやみ以上に引きずってる。
自らの音楽を変革しながら、世界の音楽やアートを刺激し続けた英国人ロック歌手デビッド・ボウイ(本名デビッド・ロバート・ジョーンズ)さんが10日、死去した。69歳だった。ツイッターなどの公式アカウントで11日、公表された。がんのため18カ月にわたり闘病していたという。69歳の誕生日だった今月8日に最新アルバム「★(ブラックスター)」をリリースしたばかりだった。ポップカルチャーに影響を及ぼし続けた伝説的歌手の突然の訃報(ふほう)を、各国メディアは衝撃をもって伝えた。(朝日新聞デジタル)

あー、もうだめ。
夜、寝れないかも・・・。うそ、寝れるだろうけど、どよーんと目覚める。
デビッド・ボウイのいない世界なんて。



あー、やっぱりかっこいいな。
「ブルー・ジーン」、今聴くとなんてことない曲。
なのに、小学生当時の私はこれでデビッド・ボウイに胸を撃ち抜かれた。
今だったら断然、「スターマン」とかのが好みなんだけど・・・。
あー、もう思考回路がぐだぐだ。
お風呂はいって、寝るだけなんだけどな。
さみしいな。泣きそう。
さようなら。
合掌。

今年さいしょに耳に入った、悲しいニュース。

ナット・キング・コールの娘としても知られるグラミー授賞シンガーのナタリー・コールが、12月31日に亡くなったことが発表された。65歳だった。(bmr.jp)

たまたまなんだろうけど、ここ最近ずっとipodのランダム選曲がどういうわけかナタリー・コールばっかりで不思議だった。虫の知らせなのか?



偉大な父・ナットキングコールとのデュエット『アンフォーゲッタブル』も印象的だけど
この、ブルース・スプリングスティーンのカバー曲「ピンクキャデラック」が私にとってのナタリー・コールとの出会い曲。
長い低迷期を経てミュージックシーンにカムバックした、というきっかけのヒット曲だった。

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いま、日本のミュージックシーンは団体芸みたいでちょっとうんざり。
かといって、洋楽のヒットチャートを賑わすEDMみたいなのも今の気分にマッチしないので、もう一度じっくりナタリー・コールを聴いてみたくなった。私も、そういう年頃なのかもね。
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帰宅部長
性別:
女性
自己紹介:
・着地点が見つからない会議とナメクジが苦手
・子どもの頃から「じぶんは結婚できないんじゃないか」という悪い予感が・・・今のところ的中!
・グミを飲み込むタイミングがいまだにわからない
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